DV(ドメスティック・バイオレンス)について考える

top 夫が私にしてきたことは、DVだったのだ、と気が付いてから、
私は、公的な男女共同参画センタの「女性の相談室」に電話をかけました。
電話の向こうの、カウンセラーさんの優しい声は、
「あなたは悪くない」
と何度も言うのです。
あんまりにも繰り返してくださるので、「マニュアル?」と斜に構えた思いを抱いてしまったくらい。 その優しい声に、私は、涙を流しながらも、
「でも、やっぱり喧嘩両成敗だし・・・」と答えていました。
私は悪くない? 喧嘩するのは、どちらも悪いのだし、自分は悪くないなんて、高慢じゃない? と、そのときは思っていました。
その後、弁護士さんからの勧めで、フェミニストカウンセリングに通い、
「暴力を振るわれることは、単なる喧嘩のレベルなの?」
「結婚してすぐに殴られたんでしょ? 暴力は1回でも振るわれると、怖くなるよ。」
などの、フェミニストカウンセラーさんの言葉で、私は、やっと、だんだん気が付いていったのです。
暴力は悪いこと・・・受け入れるのに、時間がかかったのです。
暴力に曝されていると、当たり前になってしまうのです。
いろんな感覚が麻痺してしまうのです。

そして私は、DV関連の、集めたリーフレットやホームページ (リンク参照) をプリントアウトしたものを、
マーカーで印をつけながら読み漁りました。
DV防止法、アサーション、共依存、アダルトチルドレン、モラルハラスメント、境界性人格障害、・・・、 いろんな言葉を知りました。

また、アサーションについての本を読みました。
「過去と他人は変えられない」と書かれてありました。
これは、とても、納得しました。全ての人が心に留めておくべき言葉だと思います。

「あなたはあなたのままでいい」と書かれてありました。
当時の私には理解できませんでした。
本来の自分ってなんだろう?と、まったく理解できなかったのです。
「我を出すと、ワガママって言われてしまうやん?」
私が夫と結婚するときに、私の伯母が、謙遜からか、 私のことを夫に「この子は、ワガママな娘だから・・・」と言い、
夫は「おまえ、ワガママなん?」と真に受けたのです。
なので、当時の私は、ワガママ、と言われることに、嫌悪感を持っていました。
グッと我慢していることが多いのに、どうしてワガママだと言われるのかと不満もありました。

アサーションとは、日本語で言うと、さわやかな自己表現、です。
ワガママでなく、さわやかに・・・。頭では理解したけれど、当時の私は、どうしても自信が出てこず、
自分の意見を言うことさえできませんでした。
いつも自分自身、居心地が悪く感じていました。 なにかボタンをかけ間違っているような、なんとなく自分自身がぎこちない感触・・・。
さわやかな自己表現なんて、むずかしい! そう思いました。

ヒプノやNLP、心理学を学んでいくうちに、
「過去と他人は変えられない。自分が変われば周りが変わる・・・かもしれない。」
「自分は自分でいいんだ。」
ということが、だんだん腑に落ちてきました。
自分の在り方や考え方が変われば、過去への想いも変わるのです。
周りへの想いや、環境そのものさえも、変わっていくのです。
過去と他人は変えられないけど、自分を変えることはできるのです。
自分を変えれるのは、自分だけなのです。
そして、一人一人、かけがえのないいのちであって、 自分を大切に思っていいんだ、って分かったのです。

そんなふうに私の体験したことや勉強したことが、あなたのお役に立てればよいなあ、と思います。


「DV被害に遭っている、と気が付いたら、逃げるしかない。」
本当に、逃げるしかないのだろうか? と、私はよく考えます。
フェミニストカウンセラーさんにも訊いてみたことがあり、 彼女も「おそらく逃げるしかないだろう」とおっしゃいました。
私も、9割がたは「逃げるしかない」んだろうなあ、って結論に、いつも落ち着いてしまいます。
話し合うことは出来ないのだろうか・・・?

ヒプノセラピーのページにも書いたように、 加害者だけが一方的に悪いのではなく、
お互いの、心の奥深く、潜在意識の中の「怖れ」というネガティブなプログラミングが出合うことで DVが発現するのだ、
と私は考えています。
なので、両方が、DVを自覚し、お互いが努力し、また二人で力を合わせれば、 問題解決へ向かうことも可能ではないだろうか?
と希望を持ちたいと思います。

けれども、この、「両方がDVを自覚する」、というのは、容易なことではありません。

加害者は、怒りで逆上したり、急に態度を変えて反省したように見せ泣き落とし作戦に出たり、
と、DVの加害者は、本当に扱いにくい。
家の外では人当たりの良い「よい人」でも、家庭内では暴君そのものなのです。

知人夫婦の場合ですが、新婚3ヶ月で、家の中の家電製品が全て2代目になったとのことです
(夫が暴れて壊してしまうのです)。
奥さんは、殴られて顔にアザを作って実家に戻り、 離婚するつもりで赤ちゃんを堕胎しました。
けれども、奥さんは、やっぱり逃げるのはイヤだと頑張ることに決意し、夫との生活に戻ったそうです。
その後の生活を私は確認していませんが、 夫がDVを自覚しているケースなので、良い報告を期待したいです。

しかし、大概の場合、夫は自身のDVを認めません。全て妻のせいにします。
また、口も巧く(弁が立つ)、周りの知人友人に、 いかに妻が悪いかを説明し、妻を孤立させていくのです。
妻は、暴力に曝され常に恐怖に慄き、孤立し誰にも相談できず、感覚が麻痺していくのです。

暴力に曝され続けると、生きる力を奪われるのです。


私は、元夫から、無我夢中で逃げました。
DV法の保護命令を半年毎に申し立てて、二年間、夫とは全く顔を合わさずに裁判を続けました。
逃げていたけれども、裁判という手段で、結果的に「戦った」ことになったな、って思います。
判決の内容から、私の勝訴だと言えますが、 私は体調が不調になるなど、かなりダメージを受けた戦いだったと思います。
相手方(夫)とは、それ以降も連絡を取らず一切顔を合わせていないので分からないのですが、
彼は、ノーダメージなのかもしれません。 そして、私の悪口をいろんなところで言っているのかもしれません。
相手方が、離婚の5ヵ月後に再婚した、と友人から聞きました。
やはり、私や私の弁護士さんの悪口を言い、 自分は良い人だということを強調していた、とのことでした。
自分が敗訴したことは、もちろん言わないのです。
私とのことを反省して、新しい奥さんのことは大切にして、うまくいっていればいいな、と私は思います。
うまくいっているのなら、元夫は私との離婚を私が悪かったからだと吹聴するかもしれません。
けれども、元夫も人間として生まれたのだから幸せを感じて生きるべきだし、 新しい奥さんにDVの被害にあってほしくないからです。
決して偽善的な気持ちからではありません。
だって、逆に、うまくいってないのなら、 元夫に対しては、ほら見てごらん、という気持ちもあるからです。
今は、元夫と連絡をとることは、私には考えられません。
元夫から、支配・コントロールされるかもしれない、という恐さがあるからです。
それほど、DV加害者には、巧みな力があります。
元夫の新しい奥さんは、お子さんをお二人連れての再婚だそうです。
元夫が、それを弱味としてつけ込んで、DV支配していないだろうかと要らぬ心配をしています。
私に両親が居ないことを利用してきたように。

そんなふうに、今のところは、「やっぱり逃げるしかない」というのが、私の答えです。
相手が「人間らしく同等に話し合う」ことができないからです。

「話し合う」・・・「逃げる」「戦う」「耐える」よりも、理想の手段です。

けれども、相手を変えることはできないのです。
自分が強くなるしかありません。


私が、DV被害に気づいてから、一番つらかったことのひとつは、
周りの理解が得にくいことです。
自分自身ですら、「私が悪いから夫が暴れるのだ」と信じて疑わなかったのですから、 周りの人がそう考えるのも無理ありません。

二次加害・二次被害です。

普通の精神力を持っている人ならば平気な言葉であっても、 DV被害者には相当キツイことがしばしばあります。
DVの被害者は、生きる力を奪われて、身体も心も感覚が麻痺し、いのちが擦り減っているのです。
自分に自信が無く、息も絶え絶えなところに、 「あなたも悪いところが有ったんじゃないの?」と言われれば、
振り絞って出している弱々しい力さえも出せなくなり、脱力してしまいます。
恐怖と緊張で心身をすくめてDV保護命令を地方裁判所に申し立て、 それが受理されて効力が発揮するまでの2週間、
夫の攻撃から身を守るため、シェルター施設に身を隠しました。
申立が無事に受理されるかどうか、受理されなければ夫からどんな目に合わされるか、
という不安でいっぱいの2週間、心身の緊張状態は続いていました。
そんな状態の中、シェルターの職員との面接で、 「どうして保護命令なの?」と軽い口調で言われたときには、
絶望感で脱力し、返す言葉が出てきませんでした。
申立をする前の暴力相談のときも、別の職員に「あなたも子どもっぽいところがあるんじゃない?」 と言われ、
「そうですね」と愛想笑いを返してしまったDV被害者である私。
暴力相談支援施設の職員(の一部、であると思いたい)ですら、DVに対する理解度が低いのです。

でも、周りの人全員が、無理解なのではありません。
感情が麻痺してしまい、怒りを感じて当然のことに対して 「自分も悪かったから」と全く怒りを感じずに反省している私に
、 「なんで怒らへんのん!? 怒って当然やで、怒ってええんやで!」と、
私の代わりにぷりぷり怒ってくれる友人は、全面的に私の味方でいてくれました。

■もし、あなたが、DV被害に遭われていて、サバイバーへの道を歩んでいくのなら、
二次被害を防ぐために、DV理解度が低く、心ない言葉や態度を示す方々とは、 距離を置いてもよいと私は思います。
それが、たとえ信じていた友人であっても、たとえ身近な親戚縁者であっても。

あなたの味方は、かならずいます。
勇気を出して、サバイバーへの道を進んでいってください。
決して平坦な道ではないかもしれませんが、 最終的には、被害者意識から解放されるときが必ず訪れます。
二次加害・二次被害と感じたことに対しても、違った見解をしている自分に気づくでしょう。

■もし、あなたの周りの、DV被害者もしくは加害者の友人知人に気づいたならば、
単なる痴話喧嘩と片付けてしまわず、まずは、DVというものに対して関心を持っていただき、 理解を深めていただけたら、と願います。
なづな(女綱)〜ストップDV とやま〜Link参照)の、
(9)周囲の人にできること
をご一読いただき、あなたの心に留めてくだされば、と切に願います。

あなたが、DV被害者の本当の味方であるなら、 全面的に味方であってくださいますようお願い申し上げます。

■そして、もし、あなたが勇気を持って、加害者であるかもしれないと気が付いたなら、
相手を一人の尊重される人間として、誠意を持って対応してくださいますようお願い申し上げます。
あなたの勇気と誠意に私は感謝します。

日本メンタルヘルス協会Link参照)の、 えとう先生のエッセイ( えとうのひとりごと)の
「華やいだ季節と未来のために必要なこと」なども、 どうかご覧になってみてください。

加害者も、被害者なのだと私は考えています。
脱・加害者への道は、 DV被害者からサバイバーへの回復の道のりと同様、 決して安易ではないかもしれませんが、
最終的には、被害者意識から解放されるときが必ず訪れると私は信じています。


■もし、あなたが、自分はDV被害に遭っているかもしれないと、思うのであれば、
「逃げる」「戦う」「耐える」「話し合う」・・・ いずれの手段を選択するにしても、あなたは出発点に立っているのです。
あなたが、あなた自身を大切に生きていくための、出発点です。


DV問題は、私にとって、一生かけて考えていきたい課題です。