セラピスト

プロフィール

top セラピーオフィスPOM 代表
潮 郁   (うしお☆郁)
Iku Ushio

全米催眠療法協会 (American Board of Hypnotherapy) 認定ヒプノセラピスト
日本ヒプノセラピー協会 (Japan Board of Hypnotherapy) 認定ヒプノセラピスト
日本NLP学院(グリンダー&ボスティック認定校)認定プラクティショナー
日本NLP学院(グリンダー&ボスティック認定校)認定マスタープラクティショナー
日本メンタルヘルス協会認定 基礎心理カウンセラー
日本アロマ環境協会(Aroma Environment Association of Japan)認定アロマテラピーアドバイザー



来歴

工学部卒業。大学院中退。不惑でありたい四十歳代。
DV裁判離婚によるバツイチ。一男一女と暮らす母。
1〜2週間に1度の割合で会う彼は、ゴマちゃん(マンガ)に似ていて、
我が家のアイドル的存在!?。
可愛い子ども二人と穏やかな彼、そして頼もしい友人たちに恵まれ、
毎日を自然体で暮らしている。
15歳のときに父を、18歳のときに母を、病気で亡くし、
自力で生活費を稼ぎながら、気楽な学生生活を楽しむ。
大学の研究室に就職するが、自分は能力不足だなと感じながら勤務する。
26歳のときに、心の傷を昇華したかったからか、お人好し(!?)が高じたからか、
好きでもない40歳の男性と結婚し、良い家庭を作ろうと奮闘する。
異常なほど厳しい夫であり、その厳しさがDVであることに、
私自身は7年間全く気付かず、日夜努力を続けるうちに、
心身ともにぼろぼろになっていく。
夫を最優先したため、仲の良い弟まで亡くしてしまう。
離婚を決意したときには、帯状疱疹を患うほど身体の免疫力が落ちていた。
低めだった血圧が、当時は170にも上り、爪は割れたり二枚爪になったりのボロボロ、
何より困ったのが、眠くて眠くてたまらない日が数日続くという睡眠障害。
考えることは、「しんどいから早く死にたい。でも子どもが居るから死ねない。」
ものすごい状態で、日々を過ごしていた。
別居後、離婚裁判が2年間続き、さらに莫大なストレスは続いた。
信じていた友人に離婚の相談をしたところ、
「どっちの味方にもなれないよ、ややこしいことに巻き込まんといて〜」と言われ、
ショックを受けたことも。
裁判に提出する陳述書として、結婚生活を振り返って記述していくうちに、
夫から一人の人間として扱われず、
私有物としてこてんぱんに扱われていたことに気付き、
人間不信に陥り、数人の友人知人から自ら遠ざかる。

別居してすぐは、自分に全く自信の無い精神状態だった。
心身のあまりの不調から、仕事も辞めた。
一方、裁判中に、ヒプノセラピーと出会い、精神世界への扉を開き、
スピリチュアルな視点から自分の人生を考えることを始めた。
裁判後に、NLPに触れ、ぐんぐん元気が戻ってきた。
ふと気が付くと、自信の無さから来る不安感が無くなっていた。
「自分はこれでいいんだ」って思えるようになっていた。
今まで、自分の得たことや体験したことは、
自分自身の胸のうちに閉まっておくものだと思っていたけれど、
仲間や友人とシェアすることで、可能性が拡がっていくことを、全身全霊で納得した。
現在、ヒプノセラピーやNLPを活かして、新しい人生を味わっている。